転勤のつもりが、一生の街へ。
静岡県の保健師として最初に赴任したのが、沼津でした。「数年したら別の地域へ」と思っていたのに、気づいたら沼津が大好きになっていた。富士山が見える朝、路地裏の八百屋のおじさんとのやりとり、消防団の仲間たちとの汗、オーケストラで吹くトランペットの響き。この街の空気が、気づけば自分の一部になっていました。
保健師の仕事で、たくさんの方のお宅を訪問しました。高齢者が一人で不安を抱えている現実、育児に疲弊しているお母さんの声、精神的なつらさを誰にも言えない人の孤独。行政の窓口では拾いきれないその声が、私の中に積み重なっていきました。
「もっと制度の側からアプローチできれば」という思いが芽生え、大学院で政策を学び直しました。しかし研究の世界で気づいたのは、「現場の声」が制度に届くまでの、あまりにも長い距離でした。
沼津に戻ってきたのは、必然だったと思っています。ここが私の「現場」であり、「家」だから。
「現場・当事者の声」を「制度」へつなぐ。
日本医療政策機構(HGPI)でのシンクタンク経験を経て、私が確信したことがあります。それは、政策は「現場を知る人」が作らなければ、的外れになるということです。
どんなに精緻な分析も、当事者の生活感覚を欠いては意味をなしません。逆に、現場の経験だけでは大きな制度の壁を越えられない。私はその「橋」になりたいと思ってきました。
NPO「コミナスしずおか」では、コミュニティナースの考え方をベースに、「医療と生活の間にいる人たち」を支える仕組みをつくっています。病気になる前の、日常のちょっとした不安や孤立。そこに寄り添える人間関係とネットワークが、これからの地域医療・福祉のかなめになる。
市議会という場を使って、こうした「現場発の知恵」を政策に変えていきたいと思っています。
※日本医療政策機構(HGPI)は政党・政治団体と一切関わりのない独立した非営利・非党派のシンクタンクです。本文中のHGPIに関する記述は個人の経験として記載するものであり、HGPIとしての見解を示すものではありません。
みらいへの責任。
2050年、2100年の沼津はどんな街になっているのか。私には2人の子どもがいます。その子どもたちが大人になったとき、「あの時代に動いた人たちがいたから今がある」と思えるような選択をしていたい。
人口減少、超高齢化、財政制約、気候変動。難題は山積みです。でも私は悲観していない。看護師として「そこにある命に向き合う力」、政策研究者として「全体を見渡す力」、エンジニアとしてのデジタルリテラシー。この三つを持って、地方政治の現場に入れる人間は、そう多くないはずです。
沼津から、変えていける。私はそう信じています。ぜひ、いっしょに。
看護師・保健師
鈴木しゅう